may, 25th, 2010
8時台に起床。なぜかというと、9時過ぎくらいにアディーナが来ると聞いていたので。。でも、シャワーを浴びているうちに彼女は来てしまっていた。タルの家のシャワーは、トイレにシャワーと排水があるだけなので、「怖がるな」と言われたけど、普通の部屋のスペースに水が流れ出ていくのはやはり怖かった笑
それから、アディーナの持って来てくれたケーキやタルがエスプレッソ(メーカーはカフェのボスがくれたんだそうだ。プロ意識、なのか?)を飲んだりしながら話す。アディーナが昨日のワークショップについて褒めてくれた。一番理解してた生徒だったって。素直に嬉しかった。
あと、レバノンのミュージシャンの件を話してみる。センシティブな事柄だけに、一度では伝わらず、焦る。でも、きちんと伝えようとすれば伝わるし、しかも乗り気だった。ニスリーンに言ってもっとパレスティニアンのアーティストの作品を聴かせるとか、学生同士の進行中のプロジェクトを見せるとか、イスラエルのアーティスト(アディーナの声のものやアミールのもの)作品とか、いろいろアイディアが出た。これからつめて行きたい。で、タルのドキュメントを見せてもらう。足でテーブルの足を代用して、その上で紅茶をこぼし、かつそれがこぼれないようにするもの。あと、僕とさかなくんが横浜でみそびれた、観客を連れ出して整列させて、彼等に視線を合わせながらシャツを脱ぎ、その後彼らの側に並ぶことで見ているものをすり替えてしまうようなパフォーマンス。最後にすり替えるようなものが好きだ、っていうのがなかなか難しかったけれど、なんとか伝わってよかった。(アディーナに限らず、僕の英語が足りなくて伝わらないときのイスラエルの人はちょっと怖い。笑 でも決してめげてはいけない。)
それから、出発。アディーナとギルとはそれぞれここでさよならする。二人ともラブフルな人たちだ。アディーナとは再訪を約束し、また日本に来てくれたら、寿司をつくってあげることに。笑 ギルとはフェイスブック、かな?
それからタルとテルアビブの街並みを見物する。ここはバウハウスの建築が多い。ドイツから多く移住してきたことや、ユダヤ人の”新しい街である”(最初のユダヤ人の街だ)という主張からモダン建築が多く建てられたらしい。屋根が平らなことも影響してか、増改築が進んでいる。上に載せただけみたいなのもだし、飲み込むように二つのビルをひとつにしてるものもあった。それから、アンティークの玩具屋に入る。不思議。石鹸屋は居づらくてすぐ出た。それから、テルアビブのマーケット。すごく活気がある。タルがハルバというお菓子を買ってくれ、食べながら歩く。時々録音。スパイスもいくつか買う。ザタルを発見したのは嬉しかった!
道で、”IS REAL?”と書かれたグラフィティを見つけたら、タルもそう思う事があるとのこと。(国の)先のことはわからないこととか、敬虔なユダヤ教徒の多くが働いていないこととか、沢山のいろいろなこと。
で、少し歩いて、海へ。煙草の火をつけるのも一苦労。美術に関する先のことを話す。そうそう、英語のコミュニケーションは出来てると褒められた。
あと、彼女の祖父母はポーランドからの移民で、彼女は”第3世代”なんだけど、祖父母の母語はポーランドで、彼女の母語はヘブライだ。である時おじいちゃんのポーランド語がすごく上手いのがわかったんだそうだ。何十年経っても母語は忘れないみたいだ。
それから、歩き始めた頃に突然フェスティバルで出会った男性に会う。彼も一行に加わり、ご飯。ホモス屋さんで、ファラフェやサラダ、ピタ、ターキッシュコーヒー。
そのあたりは既、ヤッフェ(地名)。ヤッフェはヨッフィ(グッド)などと言っているとどっちがどっちかわからなくなる。
で、ヤッフェのフリーマーケットへ。イスラエルの古い写真をいくつか買う。それから、年賀状(送ったものを売ってる!)に、年賀状で戦争讃美なものがあって、それを見たタル「本当にクレイジー」
少しして、バス停へ。すんでのところで乗り過ごす。数分待って、乗れた。ふたりとも遅刻がちで、僕がそうなのを知ってるソーニャは間に会うように念を押していたのに。笑
タルの家に荷物を取りに行き、タクシーに飛び乗る。それからソーニャと会う。どこかのフェスティバルでの再会を約束し、タルとはここでさよなら。
ソーニャと高速に乗るといつも交通についての愚痴。笑
プレム宅について、チケットのプリントをさせてもらい、レバノンのミュージシャンの件の相談。すすみそうな雰囲気。
それから荷物を持ってイリット宅へ向かう。ソーニャにさよならの挨拶をする。それから車でイリット宅へ向かう。途中、昼の月と建物がすごく綺麗だった。荷物をスーツケースまとめる。重要な機材はバックパックに。行きはイリットのテントの作品やら、日本からのお土産やらでパンパンだったけど、帰りも結局同じくらい。猫達に挨拶して、丁度帰ってきたイリットのルームメイトに挨拶して、ムスラガミックス(メディア系の学校の展示)へ。急いでいるみたいで、ヘブライでプレムとイリットがずっと話していて寂しい。気を使って英語で話してくれてたんだよなあ。
ムスラガはメディアや音楽、映像、それとソーシャルアートの学校で、僕らのプロジェクトのメンバーでは、リオラがソーシャルアートのコースに、それと僕がお世話になったアミールがメディア(音楽?)のコースにいる。
プログラムとかはほとんどないけど。モーターで動く彫刻やビデオの屋外での上映(これがすごく多かった)
ダンスのパフォーマンスを見ていたら、五月蝿いパレードが来て少し嫌な気持ちだった。
人ゴミのなか、ムスラガの音楽の先生を紹介してもらう。
それから、クレープみたいなやつを買って空港へ向かう。
ここでイリットと挨拶。もうお世話になり過ぎて何を言えば良いのかわからなかった。結局、新しい話したいことがあるから、またSkypeで。一緒に写真をとって、「レヒットラオッ(ト)」(またね)と言ってムスラガ出発。
車中なんだか、何を言えば良いのかわからず、黙りこくる。
敬虔なユダヤ教徒専用のWebのフィルターがあることや、彼らがTVを見ないこと(よくないものが写っているかららしい)、知は力なりが信条であることなどを聞く。
唐突に、
違った文化を見ることで、自分の文化を知るのだと思う、と伝えると
インディアンの格言の「人は人、文化は文化」(だったかな、、、。)違いはあっても同じだよって言われる。
一番面白かったのは「何故日本人はいつもイエスというのか」の会話だったと伝える。なんだか日本人に対しての批判と響いたのか
「そう急に変わるなよ、イスラエルはイスラエルの、日本は日本の、文化があるよ。そしてそれらは全部コミュニケーションのことだよ」みたいなことを言ってた。うまくかけないけど忘れないようにメモしておく。
あと、「これが君のアーティストとしての最初の旅だね」と言われ嬉しくなった。
空港について、プレムに挨拶。ありがとうと三回言う。長いハグをして、煙草を交換する。
で空港のセキュリティチェックへ。アディーナの授業に呼ばれた件、エルサレム、ベツレヘム、テルアビブに行き、プレムのとこに居た。と言った。多分ベツレヘムに行ったこととプレムの住所を知らなかったことがいけなかったのだろう、待たされた挙句、もう一度同じ質問。
疲れもピークでかなりかりかりしてしまった。荷物の検査も厳重でスーツケースを空けて電子機器は出させられた。チェックが終わると日本のゲイシャについて無駄話をしながら、パッキングし直し。無事チェックは潜り抜けるも、結構おしおしでバンゴ(BANGO、ピーナッツのイスラエルオリジナルのスナック)は見つけられなかった。ゲートまでの道でなんだかレリジアスピーポー(は服装でもアイデンティファイされるのもあって)に意地悪されてチェックやらされてるような気に、少しなってしまった。ユダヤ教徒が迫害されてきた理由は服装やスタイルにもあるのではないか?と考えた。
ぎりぎりで飛行機に乗る。
飛行機ではとなりのおばちゃんに足をこっちに向けて寝られて(しょっちゅう僕の席へはみ出している!)10時間我慢するのは、しんどいので違う席を用意してもらった。Noとちゃんと言う事が大事なときもある。降りる時におばちゃんも謝ってくれたし。なんてことないけど、とかく話題に事欠かない旅でした笑
乗り換えの際、韓国で
ほっとする匂いがする、と思ったら自分の吸ったプレムからもらった煙草の匂いだった。